【ESSAY】

「四次元ポケット」

 

随分と前のことになりますが、30年ぶりにドラえもんの映画を見に行きました。

うきうきの娘とお友達。

青いニットに、手作りの四次元ポケットをつけて。

 

映画のなかで、どらえもんが言う。

「検索したらなんでもわかる時代だから」

っていう時代設定。

本当に、そう。

 

いままでわからないことはわからないまま過ごしている部分も多かった。

特に子供のころは、小さな世界で、めいっぱい妄想を広げていた。

勉強したり、調べたりしないと、なーんにも変わらなかった時代と、手のひらで情報がどんどん流れていく時代に生まれた我が子の世代。

ちいさな世界にいるのは変わらないのに、とても大きな世界にいるって、錯覚してしまう。

スワイプするスピードはどんどん加速されて、何が本当で、なにが嘘なのか、わたしはよくわからなくなってしまいます。

 

30年経って、絵も声も変わってしまったけれど、土管のある公園は変わらずあって、

いつものみんながいて、あいかわらず、のび太は鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔をしていました。

(たまにのび太が嫌いになってしまうのは、自分に似ているからなのかも)

でも時代はすっかり進んでいた(近所に土管あった人いる?)

未来の世界のネコ型ロボットはどんどん現実になってきている。

 

映画は予想以上に面白くって、涙が出た。

どんどん技術が進んで、ドラえもんの道具だって、

実現するのはもう夢の話じゃないかもしれない。

でも、最終的にその道具を使うのは、人。

そして、人の心を動かすのは、冒険したり、立ち向かう勇気、そして仲間との友情なんだよなぁ。

 

 

星野源さんの「ドラえもん」と昔のドラえもん

 

だから

ここにおいでよ

みんなで冒険しよう

何者でもなくても

世界を救おう

いつか

時が流れて

必ず辿り着くから

君に会えるよ

 

こんなこといいな、できたらいいな

あんなゆめ こんなゆめいっぱいあるけど

みんなみんなみんな かなえてくれる

不思議なポッケで かなえてくれる

 

 

とっても大好きドラえもん

 

そう、大好きな人がいて助け合う。

 

じーん

そうそう、いつかみんな大人になる。

時が流れて君に出会うために。

どんどん、冒険しよう

 

子供といて思うことは、なるべく長く子供の心でいてね。

しっかり、ちゃんとした子供にならなくていいんだよ。

そんなに急いで大人にならなくっていいんだよ。

なりたくなくたって、大人だよって、ぽーんと放り出されるんだから、こどもって呼ばれているうちは、おもいっきりこどもでいたいよね。

娘は赤い鼻にして、猫のひげをかいて、ドラえもんになりきって映画館へ行った。

おおきな声で歌を歌う娘をみて、勉強しなさいとかこうしなさい、ああしなさい、「普通」にしていなさいっていうのをやめようって思った。

 

ぐうたらして、空見て妄想して、一日がそんなに変わらなくってもいい、明日がちょっと楽しみってくらいで眠りにつけたら、もうそれで充分いいって思う。